危険な天狗 〜medicine of Aya〜
第二話
博麗神社。今や、人間も妖怪も集まる憩いの場であると言っても良い場所だ。ここなら都合が良いと踏んだ文だったが……
「今日は狙ったかのように人がいないなぁ」
一人ぐらいはいるだろうと思っていた。だが、今は寂寥たる景色が目に入る。どうやら、ぐうたら巫女もどこかへ出ているようだ。
(さて、次の行き先を考えないと)
文はその場で目を閉じ、考え始める。
が、すぐさまその静寂な空気は壊された。下の方から、誰かが石段を登っている足音が聞こえてきたのだ。
(だれかは分からないけど……誰もいないし、チャンス!)
文は鳥居の柱の後ろへと身を隠し、『誰か』が来るのを待つ。
「……今日は誰もいないのかな?」
神社の境内に入ってきたのは、山の神社に仕えている風祝、東風谷早苗だった。彼女は隠れている文には気づかずに、本殿に吸い込まれるかのように近づいてゆく。
早苗が鳥居を抜けて少し歩いたところで、文はその後ろ姿にめがけて話し始めた。
「こんにちは。今日はどのような理由で神社に?」
「わっ! あなたは……文々。新聞の記者?」
早苗は一瞬驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻して言い返した。
「はい。それより、何故ここに? 博麗の巫女にでも用事でもありましたか?」
「今日はただ分社の様子を見に来ただけですよ」
「ああ、そうなんですか」
文は話しつつも、薬を飲ませるのにはとても好都合な相手だと判断した。なんせ、この博麗神社の巫女よりも、神様に対しての信仰が強い人物である。
「ところで、私もそちらの神社を信仰しようかなぁ、と思ってたりするんですよね」
「へぇ。あまり他人に流されそうにない天狗がそんなこと思うんですね。どういう風の吹き回しです?」
「まあ、色々と。まだ、本決めではないんですが……」
「とりあえず、守矢神社を信仰して下さるなら誰だって大歓迎ですよ。どうです?」
しめた、と文は笑みを浮かべた。誰にも気づかれないような笑みを。
「そうですねぇ、私の言うことを聞いて下されば喜んで信仰しますよ」
「何か怪しいですが……まあいいでしょう」
「では早速」
文は白いカプセルを取り出す。
「ま、まさかそれを飲ませるつもりじゃ――」
「残念ですが、仰るとおりです。これを飲んで貰いますよ」
営業スマイルで答え続ける文。早苗は他に誰もいない中で、一人おどおどしている。
「怪しい薬じゃありませんよね……?」
「永遠亭のお墨付きですよ。安全は保証されてます」
文はそのカプセルを早苗に突き出す。そのカプセルには、小さく『永遠亭』と書かれていた。
「といっても、私はこの薬がどんな薬かは知りませんけど。まあ、大丈夫でしょう」
「そ、そうなんですかー。でも、それならいいですよ」
「はい。ご協力、ありがとうございます」
文はそのカプセルを早苗に手渡した。そして、目を瞑りながらすぐさまそれを口に入れる早苗。
「はい、飲みましたよ。これでうちの神社を信仰して下さいますよね?」
「もちろんです。嘘はつきませんよ」
「では、よろしくお願いしますね」
そう言って、分社の方へ足を運ぼうとした早苗だった。が、
「――あ、れ?」
いきなり、その場でペタンと何もない地面に座り込んだ。
「どうしましたか?」
「何故か、足に力が入らなくなって……麻痺した感じに」
「これが薬の効果でしょうか……」
早苗が嘘をついているわけではない、と判断した文はもう一つのカプセルを取り出した。
「では、これを飲んでみてください。多分、直りますよ」
「はい――? あれ? 手も、動かないっ、ですっ」
手も足も動かないまま、早苗は座り込んだ姿勢のままでいた。
「そうですか……。とりあえず、口を開けてください」
開いた早苗の口にカプセルを放り込む文。早苗がそれを飲み込む音がしたかと思うと、すぐに早苗は立ち上がった。
「ふう……。助かりました」
「いえいえ。一応、こちらの責任なので」
「ここまでして、神社を信仰しなかったら許しませんよ」
そう言って、早苗は分社の方へ歩いていった。
(ふむ……。手及び足が麻痺する……と)
文は薬についてメモをとり、博麗神社を飛び立った。