危険な天狗 〜medicine of Aya〜
プロローグ
「すみませーん! 誰かいますかー?」
迷いの竹林のどこかにある永遠亭。そこでいつも通り薬を作っていた八意永琳だが、突然聞こえてきた声に少し驚いた。ただでさえ人があまり来ない永遠亭なのだが、客の声が外から響いてくることなど今まで皆無と言っていいだろう。
永琳は急いで玄関へ向かい、扉を開ける。
「いらっしゃいませ、永遠亭へ」
礼をしながら常套句を言う。相手に向けて下げた頭を起こしてみると、そこには翼の生えた少女がいた。新聞記者として定評のある、射命丸文だ。
「珍しいわね、あなたがここに来るなんて。もっとも、ここに来る人や妖怪はほとんどいないのだけれど」
「珍しいからこそです。前に一度訪れたときからかなり日が経ってますからね。そろそろ新しい、おもしろい薬が作られてると思い来てみました」
客ではないが……ちょうど良い。永琳は怪しげに微笑んだ。
「ええ、ありますよ」
「では、早速……」
「取材、でしょ」
永琳は、文の行動を見透かしてると言いたげに言葉を遮る。
「取材したければまず、私の言うこと――と言うより、依頼を聞いてくれないかしら」
「はぁ……。じゃ、その内容を言ってください。物によっては引き受けますけど」
取材のためなら、ある程度の代償はしょうがない。といってもあの永琳のことなので少し怪しいな、と文は思った。
「簡単な事よ。ちょっと開発中の薬を試してみたいのよ」
「わ、私で試すんですか!? そんなのお断りです!」
少し動揺してしまったが、文はきっぱりと断る。だが、永琳はそれさえ見越しているようだった。
「もちろん、あなたの体で試そうとは思っていないわ。あなたが誰かに薬を飲ませればいいのよ」
「なるほど……」
自分でなく、誰かに試すだけならリスクは少ない。それなら十分な取引だろう。
「わかりました。その依頼、幻想郷最速の私が引き受けましょう」
「では、お願いね。良い結果を期待してるわ」
そう言って永琳は紙に何かをさらさらと書き、引き出しから薬を取り出した。
「これが薬ね。注意事項とかはこの紙に書いておいたから、しっかり守るのよ」
「了解です。では、行ってきますね」
薬と紙を受け取り、永遠亭から飛び去っていく文。その姿は紛れもなく、幻想郷最速の鴉天狗だ。
永琳はそれをしばらく見送った後、一人で呟いていた。
「……さて、今のうちに天狗のための薬でも作っておかないと」